「フィクションは歴史の抑圧された他者である」というミシェル・ド・セルトーの格言を引用するホワイト(ヘイドン・ホワイト)は、フィクショナルだったり想像力に頼っていたり文学的だったりする要素を排除し尽くせるなどと勘違いしている歴史家によって書かれた歴史記述はわれわれに「どうすべきなのか」についてなにも教えてくれないが、フィクションは、その抑圧された他者としての歴史にアクセスするための回路であり、われわれが生きる現在についての示唆を与えるものだと考えている。つまり、フィクションは歴史と倫理を接続する。そして、わたしが付言したいのは、この歴史と倫理をつなぐプロセスは、読者なしには完遂されないということだ。
(阿部幸大『ナラティヴの被害学』「第9章村上春樹『ねじまき島クロニクル』におけるアジア太平洋戦争のポストメモリー」)
2026.3.24 22:21
片渕須直監督の短編「ふくふくの地図」公開 震災から15年、福島の風景と人の営み描く(コメントあり / 動画あり) https://natalie.mu/comic/news/665213
2026.3.24 12:10

