つぶろぐ- KOYAMA tweet Logger -

あらゆる各種SNSに散っ……投稿したつぶやきを、まとめたりしてピックアップ掲載。夥しいポストをみなくてもこれをみればもう安心✌️

高橋コヤマ

てか、広島藩もうすこし町奉行所あるかと思ってたらなんか宮島と尾道だったらしく、そのへんも両地域の特異性が出てるな〜と内心ほくそ笑みました

高橋コヤマ

今日は宮島交流センターまで、「宮島✕尾道講座」を講聴してまいりました✨️
当時の藩内における尾道商人の地位だったり、浅野藩政でやりくりが厳しかった宮島の突破口が富くじ(宝くじ)だったり、いろいろと発見やこれから知りたい間口が広がるような楽しい講座でした🥳
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高橋コヤマ

最近このミケさんのぽってり具合のささやき鳴きかわいすぎてどうにかなりそうになってる

高橋コヤマ

あとで振り返ったとき綺麗に包むことはあるけど、作品を創る「推進力」は間違いなくガチめにくやしさとか復讐とかが原動力ではある
ぜんぜん綺麗な感情ではない ガチで

まあそういった経緯のおかげで、こういう反骨気風でとりあえずまとまったものには疑いを覚え、問いを見出し、判子を押されたようなモノなどくそくらえで自分の世界を出す人間にはなったとは思うんですよ
それはね、誇りだと思っています 私の

高橋コヤマ

小学生の時に夏に書いた作文で、「相応しくない」ものは先生に「添削」されて、判子を押されたような作文になっていたことをずっと憶えている
そういう土壌から生えてきてるので、なんか変な作品だなぁと自分でも思いますよ

こうの史代「なぞなぞさん」、本当にこう相手の望む文脈だけ切り取られてあとは捨てられる、「整えられる」無力さをものすごい思い出して、共感と一緒に苦しさを思い出して涙がにじむんですよな

高橋コヤマ

私は、広島に生まれた人で広島をえがいていて、こんなに近い考えの人がいたことがなかったから涙が出るほどうれしかったんですよ

高橋コヤマ

広島で原爆もの、そもそも広島を描くということならそういったメッセージ性は〈つけてしかるべき〉であり、つけないことはけしからんみたいな空気があるのを私はあまり許せないでいる
だからたぶん、こうのさんの作品は好きなんだろうなと思ったんですよね(彼女もエッセイで似たようなことを書いていて、本当に私は嬉しくなった)

せっかくなのでちょっと引用しておく
(広島の原爆を題材にした漫画を描いたことで)出版後、反響が大きいのに驚いて、時として「戦争もの」さらに「反戦もの」として捉えられた事にもっと驚いた。というのも、わたしが描いたのは、原爆特有の、戦後の後遺症の部分だけだったからだ。
原爆ものと戦争ものは、重なる部分はあるが別種のものだとわたしは思っている。
まず、周囲の望む「受容の場」が違う。戦争ものはその他の漫画とそう変わらない。しかし原爆ものとなると急に、この作品を「世界に」届ける届けないで大騒ぎになる(後略)
つづき
(中略)
見聞きした戦争ものは大抵こんな結論に導かれる。「戦争で死んだ人達はこんなにかわいそうでした。戦争は愛している人やものを奪います。世界の人はみんな等しく素晴らしいのだから、だれ一人、戦争なんかで死なせてはいけないね」。それに対しわたし達は「不謹慎」という言葉に縛られて質問もせず、空気を読んで「わたしたちは恵まれています。こんなことは二度とあってはならないと思いました」と決まった答えを不自由になぞらされる事になる。しかし、残念ながら、この結論の魅力をそっくりそのまま下の世代に伝え続けるほどには、わたしはこれを理解出来ていない気がする。

(こうの史代『平凡倶楽部』「戦争を描くという事」)

このへん強くのこってるとこなんですけど、やっぱこうのさんのエッセイだと「戦争を描くという事」のぜんたいが一番好き ホント機会があったら読んでみてそ