『燦然』5周年によせて
自分でもまさか5年も描き続けるとはまったく思っていなかった。
と、いうことで、広島の土地(自治体)擬人化の創作シリーズである『燦然』がついに5周年を迎えることになった。自分の中ではそこそこ大きな節目だ。というのも、歴史創作含めていろいろなジャンルを渡り歩いているタイプであるのと、キャラデザだけで満足してしまおうという気持ちからここまで描き続けることをまるで想定していなかった。
なので、描き始めた明確な日時はハッキリしていない。デジタルで絵に描き起こすまでにデザインを考えている時間はあったし……。
とにかく8月頭が私の擬人化のはじまりの日だ。
5年はささやかな時間かもしれないが、3年くらいで終わるだろうと思っていた私にとっては、今日まで描き続けている題材も含めて意外な時間となった。京都から「広島に帰ってくる」という選択肢が芽生えたのも、擬人化によって見つめなおした地域資源の豊かさ故である。こればかりはコロナのおかげというしかない。
そう、私の広島擬人化は「新型コロナウイルスの流行による外出自粛」から始まっている。
広島から離れて暮らしていても、年何回かは帰省していて広島の橋と川、海を眺めては心をリフレッシュしていた。京都に暮らしている間も「この南に海があったらな~」と思っていたので、心は常に山から広がる海を欲していたのかもしれない。
それが一変するのが新型コロナの流行。おかげさまでほぼ無人の京都を久しぶりにゆっくり観光できたのは嬉しい誤算だったが、こんなに厳しく長く続くとも思わず、けっこうしんどかった。
それは自身の生活や先に言った帰省はもちろんのこと、創作においてもそうだった。当時はちまちまと一次創作を描いていたのだが、それが現在進行形の現代を舞台にした日常系創作だったのだ。コロナの影響をモロに受けてそれすら筆が惑うようになってしまった。めっちゃくちゃしんどかった。マジで。
最初は軽い、前々からやってみたいと思ってたんだよな~くらいの気持ちで、親しみのある広島と廿日市の擬人化キャラクターをデザインしてみた。

えーっ! めっちゃ楽しいじゃん~!!
ここからはもう、揃えないと止まらない。揃えたい。めちゃくちゃ揃えたい。

揃った。
こうしてキャラクターとしてかたちを得た広島の地域を見ていると、より強い愛着が湧いてくる。これまで各地域に対して抱いていたイメージや分析を、実際に動かして表現してみたい。このキャラクターたちが土地の擬人化としてわちゃってるところを……見たい!!
描くしかない!! 作品を!!
私はどちらかというとイラスト畑よりマンガ畑の人間で、表現したいことはマンガにしてきた人間だ。ここに材料が揃って描かない選択というのはないだろう。なかった。
そうして描き始めた擬人化は、幸いなことに本当に多くの人に楽しんでいただけた。ものすごく嬉しかったし楽しかったし、何より「キャラクターを通して郷土愛を表現できる」「広島について改めて知ってもらえる・印象付けができる」というのは非常に魅力的だった。広島という風土を愛している私にとってこの行動は思わぬ動きを生み出した。
4コママンガなどをメインに、キャラクターとしてフォーカスした短編も描くようになった。比較的初期に描いた短編で好きな作品は『だいすき』かなぁと思う。


「人間と土地の関わり」というものを直接的に描けた作品だと思っている。私の頭の中においては土地の擬人化である彼らは常に受け身だ。人々の営みの結実として存在していて、飛び込んだらきっと抱きしめてくれるような……。そういったものをよく描けた作品だと思う。
そしてここから、色々な土地の歴史に少しずつフォーカスしていくようになる。
元々私は歴史創作に身をおいていた人間で、史学もちょっとだけやっていた感じに歴史好き※ただし趣味の範囲※だ。「土地」という、少なくとも現代まで150年以上続く人々の営みを記録してきた存在。そして近代において逃れ得ない「戦争」というもの。
当初は戦時中は避けつつ、戦後から現代におけるシビックプライドにも接続するような「歴史」をテーマに、時に作者である私の哲学などを含ませつつ作品として表現していった。
この頃はどちらかというと「こういう歴史を歩んだ「土地」であるあなたへ、もし土地に想いを伝えられるなら」という〈手紙〉のような側面が大きかったように思う。もし本当に存在していたら「言いたかった」こと。そして、彼らが本当に存在していたら「言いそう」なこと。そんなことをマンガにしてきた。


(『ありふれた特別』より)
描いてきた枚数も尋常なく、200ページくらいの短編集を2冊ほど出したりして、思いがけず「船と土地の話」なんかも作品にできたりして、ああもうこれで満足かもしれない。と一旦思った。ここで一区切りか、みたいな。燃え尽き症候群もあったと思う。
しかし、色々と歴史に関わる短編を描いていったなかで、私の胸の内に固まりつつある気持ちが確かにあった。それは〈あの戦争〉をえがくこと。
「アジア・太平洋戦争」と1945年8月6日を起点とした、〈歴史創作を擬人化でえがくこと〉である。
当初は船舶と土地の視点で描くことができないかいくつか模索した。しかし思ったよりも一本テーマとするには少し手ごたえと私の結論が足りなくて、やはり「戦争と広島」をえがきたい、という気持ちに落ち着いた。広島市には大本営があった。陸軍の船舶司令部があった。呉市には鎮守府があった。その意味と、歴史と、決して断絶はしない現代に連なるものとして、土地の擬人化を中継して俯瞰して描こう、となった。
それが2023年の秋ごろに萌芽し、いくつかの逡巡を経て始動した。そして2026年現在、あと数本で終わろうとしている。実は、この5年のうちじつに3年を〈歴史創作を擬人化でえがくこと〉に費やしている。これがあったから5周年を迎えられたといっても過言ではないだろう。
その間にも色々なことを考えたし、webサイトを充実させたりしたし、かたちにもしてきた。それはおそらく今年いっぱい続くだろう。これから6年目に入るけれど、果たして10年目があるかはわからない。そもそも5周年すら個人的に奇跡だと思っているのだから。
なのでしっかり祝っておくことにした。願わくば、今後も広島のいろんなことを私の視点を通してえがけていけますように。
そして、これまで『燦然』をご覧いただいてくれている方々へ。
この場を借りて感謝申し上げます。もしよければ、もう少しお付き合いください。
2026年8月初旬 髙橋コヤマ
